
瓦葺の技術と漆喰シーサーづくりに込めた『想い』を語っていただきました。
▼仕事の内容についてお聞かせ下さい
『オクハラ瓦技術』では、日本瓦(沖縄の瓦ではなく)の施工を主な仕事としています。この場合の施工とは屋根の上に瓦を葺(ふ)くことです。『瓦葺(かわらぶき)』という技術を売る仕事をしているのです。あとはそれに伴う日本瓦の販売もしています。
僕は瓦葺の工程をすべて一人でやっています。まずはお客さんに会って、瓦をどのような形で施工していくか、その話を進めます。そして見積もりを出した上で契約。瓦を注文して、それを現場に運んで施工します。
一軒の仕事を最初から最後まで行うのに平均で3ヶ月くらいかかります。屋根の施工自体は一ヶ月弱くらいで終わりますが、その前に図面を描いたり瓦を加工したりという作業があります。
注文していた瓦が届いたらそれをすぐに屋根の上に乗せるのではなく、僕は一旦この作業所に運び入れます。そして現場で施工がしやすいように、ここで加工をしてしまいます。
瓦の本来の目的は、木造の住宅や建築物の雨漏りを防ぐことなのです。言い換えれば、『家屋を守り、その家の財産を守る』ということにあります。ですから、瓦は家の中の『命』にあたる所なのです。
▼御社の特徴や魅力を教えて下さい
僕は京都と奈良で8年間、瓦葺の修行をして参りました。そして沖縄へ帰ってきたのが今から5年前。その後、この『オクハラ瓦技術』を立ち上げました。
修行時代には、木造建築における瓦の重要性というものをしっかり叩き込まれました。それは先ほども話したように第一に雨漏りしないこと。つまりは『防水性』です。
ところが今の沖縄は、コンクリート製の家が多いですから瓦の持つ重要性が失われつつあります。そして美観に走っているというのが現状です。
昔は沖縄も瓦の下は木造だったので、きちんとした『技術』や『考え』の下で施工がされていました。でも今は、瓦の部分から水が漏れてしまっても下がコンクリートなので、家の中には直接被害が及びません。ですから昔のすばらしい技術がそれほど重要視されない傾向にあるのです。
僕は『雨漏り』に対してすごく敏感なのに、沖縄ではそれがあまり感じられなかったものですから、こっちへ帰ってきた時には大変な違和感を覚えました。本来の機能を発揮させるための『技術』が前面に出てこないのなら、僕はいったい何を『売り』にしたら良いのか、本当に分からなくなりました。
それで、木造を扱っている大工さんや建築屋さんはないだろうか…ということで、ゆっくり探しながらそういった方々とお会いし、お仕事を少しずついただきながら『技術』を守って参りました。おかげで今では、9割くらいの割合で木造の家を扱っています。
さらに沖縄県内では、『厚生労働大臣認定 かわらぶき1級技能士』と『国土交通大臣認定 瓦屋根工事技士』という国家資格を持って仕事をしている人間が僕一人しかいません。ですからこれも特徴になるかもしれません。
僕にとって資格は単なる資格でしかないのですが、お客さんに与える信頼という意味では、仕事上やはり必要なものであると考えています。
それと京都・奈良で修行し、向こうの文化財(例:薬師寺・法隆寺・東大寺・唐招提寺・その他重要文化財の復元工事)の仕事に携りながらその優れた技術を習得しつつ、沖縄の自然環境(=夏の暑さや台風など)に合わせた施工方法を自分なりに研究し、その発展・向上に努めています。
▼漆喰シーサーも作られているそうですね?
お客さんからのご依頼があれば、漆喰シーサーの制作・販売もしています。ですが、瓦葺の仕事をさせていただいたお客さんには、そのお礼として必ず漆喰シーサーのプレゼントをしています。場合によっては、瓦葺よりも喜ばれますよ。
このシーサーのプレゼントというのは、沖縄では昔の瓦葺職人さん達がやっていたすばらしい習慣であり文化なのです。
僕は沖縄の人間でありながら、本土で『日本瓦』を学んできました。だから周囲の人からは、「あんたはウチナーンチュなのに『赤瓦』でなく、なぜ『日本瓦』をやってるの?」という目で見られます。
でも、『日本瓦の魅力や技術のすばらしさ』に魅せられてしまった自分は、この道を真っ直ぐ突き進んでいきます。これが自分のやりたいことだから。その上で『シーサーのプレゼント』という沖縄の文化を大切にし、両者を融合させていきます。このやり方は沖縄流に言えば『チャンプルー文化』です。
漆喰シーサーの漆喰(しっくい)とは、屋根に瓦を取り付ける時の接着剤のようなもの。その中身は、粉状になった石灰とワラと砂から出来ています。それを水でとかしながら、自分で使いやすい状態になるまで練っていくのです。そしてできた漆喰を瓦に貼り付けてシーサーを制作していきます。漆喰を貼り付けて形にした後は必ず磨いていきます。
実はこの『磨く』という技術が非常に重要な意味を持つのです。なぜなら磨きこむほどツルツルになるため、水があたった時にはそれをはじくからです。つまりは『防水性』を保つことになり、外で風雨にさらされても長持ちするのです。昔の職人は、この『磨き』の技術を競っていました。この技術が、漆喰シーサーと瓦の防水性能を非常に高いものにしているのです。磨く人の腕によっては20年以上経ってもビクともしません。
僕は屋根に対するそういった想いを、シーサーにも込めて作っています。そしてシーサーには、僕が手がけた屋根をいつまでも見守っていてほしい、僕の代わりに。
▼これからの抱負をお聞かせ下さい
最初にお話したとおり、僕は仕事の全工程を一人でやっています。それは一軒一軒を自分の手で、想いのすべてを込めてきっちりと行いたいからです。だから自身で手が下せない仕事は、それを受けることができません。そうなると年間で扱える数は3~5軒といったところになります。だから時間はかかるけれど、沖縄で自分が葺いた日本瓦の家屋が、これから少しずつ増えていくと嬉しいです。
ただ僕も、師匠や先輩の職人さんから育てていただいた人間です。今はまだ、年齢的にも精神的にも体力的にもすべての面で現役真っ只中ですが、あと20年くらいしたなら、次の後継者に自分の『技術』や『想い』を伝えていきたいと思っています。これは瓦葺職人として最後の抱負になりますが。
そんな先の話はここまでにして、今は自分の信じた道を自分の思うがままに突き進んでいこうと決めています。僕は『自己決断』という言葉がとても好きです。
自分の決断で行った自分の仕事に対して、お客さんからの良い評価も悪い評価も自分の責任においてすべて受け止め、常に進化・向上させていきたい。
また、そのような姿勢を温かく見守ってくれている周囲の人達(嫁さんや親など)には、いつも感謝の心を持ち続けながら、これからもこの仕事に精一杯励んでいきます。
とてもとても熱いインタビューとなりました。奥原代表の『瓦葺』にかける情熱は本当にすさまじい!
お客さんに対して、良い仕事をするための『姿勢』と『技術』の追求には、真摯なところと良い意味での貪欲さを感じずにはいられませんでした。
そしてインタビュー後、その裏付けとなる漆喰シーサーの『工房ギャラリー』も見学させていただきました。そこでは、漆喰の作り方の丁寧で分かりやすい説明や、今までに制作したシーサーの変遷を拝見させていただき、その歴史の『奥深さ』と『職人魂』を垣間見た気がします。
「モノをつくるということは、こういうことなんだ!」ということを熱く教えていただき、私自身にとっても刺激的かつ、とてもかけがえのない時間となりました。心より感謝申し上げます。



オクハラ瓦技術















